コラム|違法建築を内容とする建築請負契約が無効とされた事例

弁護士 佐々木好一 

 武蔵小杉の法律事務所、田中・石原・佐々木法律事務所の弁護士の佐々木です。
 今回は、建築業者の方が知っておいた方がよいと思われる、建築請負契約について出された最高裁判所の判決についてお話したいと思います。

1 事案の概要

  Aは、Y(不動産売買を業とする会社:被告)との間で賃貸マンションの建築請負契約を締結し、X(建築業者:原告)は、Yから当該マンションの建築を請け負いました。
 AとYとは、賃貸マンションの採算の点から部屋数を増やそうと考え、違法建物を建築することを合意し、Xもこの内容を全て了承しながら建築を請け負いました(以下「本契約」といいます。)。
 Aらの立てた計画は、建築基準法に適合する内容の確認図面と実際に建てる建物を内容とする実施図面の2つを用意し、建築確認申請は確認図面を使って行い、その後に実施図面の内容で建築を進めるというものでした。
 そうしたところ、施工途中で違法建物を建築しようとしていることが発覚し、行政から是正を求められ、当初の実施図面の内容からの工事内容の変更を余儀なくされ、最終的には適法な建物が完成するに至りました。
 Yは、Xに対して本契約で決められた代金の一部しか支払わなかったため、Xは残代金及び追加工事にかかる工事代金の支払いを求め、訴訟を提起しました(なお、YからもXに対して建物の瑕疵等を理由とした損害賠償請求の反訴がなされていますが、この点の説明は割愛します。)。
 第一審は、Xの請求の一部を認めましたが、控訴審である東京高等裁判所は、YとXの請負契約は強行法規違反ないし公序良俗違反として無効であるとしてXの請求を全て認めませんでした。
そこで、Xは上告しました。

田中・石原・佐々木法律事務所|違法建築を内容とする建築請負契約が無効とされた事例

2 判決要旨

  最高裁判所は、上記の東京高裁の考え方を支持し、以下のとおり述べてXY間の請負契約は公序良俗に違反するもので無効であると結論付けました。
 「(認定した事実関係によれば)本件各契約は…確認済証や検査済証を詐取して違法建物の建築を実現するという、大胆で、極めて悪質なものであるといわざるを得ない。
 加えて、本件各建物は、当初の計画どおり実施図面に従って建築されれば…居住者や近隣住民の生命、身体等の安全に関わる違法を有する危険な建物となるものであって、これらの違法の中には、一たび本件各建物が完成してしまえば、事後的にこれを是正することが相当困難なものも含まれていることがうかがわれることからすると、その違法の程度は決して軽微なものとはいえない。
 Xは、本件各契約の締結に当たって、積極的に違法建物の建築を提案したものではないが、建築工事請負契約を業とする者でありながら、上記の大胆で極めて悪質な計画を全て了承し、本件各契約の締結に及んだのであり、Xが違法建物の建築というYからの依頼を拒絶することが困難であったというような事情もうかがわれないから、本件各建物の建築に当たってXがYに比して明らかに従属的な立場にあったとはいい難い。
 以上の事情に照らすと、本件各建物の建築は著しく反社会性の強い行為であるといわなければならず、これを目的とする本件各契約は、公序良俗に反し、無効であるというべきである。
 これに対し、…本件追加変更工事は、その中に本件工事…の違法を是正することなくこれを一部変更する部分があるのであれば、その部分は別の評価を受けることになるが、そうでなければ、これを反社会性の強い行為という理由はないから、その施工の合意が公序良俗に反するものということはできない」としてこの点についてさらに審理をさせるために、東京高裁に審理を差し戻しました。

3 考察

 (1)民法90条は「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。」として、民法91条は「法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う。」として、公序良俗や強行法規に反する契約を無効とする旨定めています。
仮に公序良俗等に違反するとして契約が無効になった場合には、この契約に基づく請求をすることができなくなってしまい、影響はとても大きいものがあります。
 (2)ところで、「公序良俗」とはどのような場合をいうのかは法律上明らかではありませんし、どのような規定が「強行法規」となるのかも一部の場合を除いて法律には規定されていません。
 そのため、どのような場合に公序良俗違反等により契約が無効になるのかというのは問題になります。
 今回問題となっている建築基準法も、行政的な観点から建物の仕様等を規制するものであって、これ自体は当事者間の契約については何ら規定していません。このように、行政的な点から規制する法律を公法といいますが、公法違反が契約を無効にするかどうかについては議論がありました。
 本判決は、以下のような点を重視して、建築基準法違反を内容とする本契約が公序良俗違反に該当するとして、請負契約を無効としました。

  1. 本契約が建築基準法を潜脱すべく、確認図面と実施図面を作成して確認済証等を詐取しようとする極めて悪質性の高いものであること。
  2. 計画された建物が、居住者や近隣住民の生命身体等の安全に関わる危険な建物であり、後で是正をすることが難しいものも含まれていること。
  3. Xは建築の専門家として、違法であることを了承しながら契約をするなど、従属的な立場にあるともいえないこと。

  この点を踏まえると、違法建築に関する請負契約がすべて無効になるわけではなく、建築する建物の違法の程度や内容、建築業者が違法建築にどの程度主体的に関わっていたかなどを踏まえて、程度の悪質な場合にのみ無効と判断されることになると思われます。
 なお、契約が無効になった場合、建築した分については不当利得として返還を求めることもできますが、違法性が強い場合にはそれすらも否定される可能性もあり、そうなってしまうと建築業者としては建築したにもかかわらず物件を返してもらうこともお金をもらうこともできないという事態に陥ってしまう可能性すらあります。
(4)これまで建築法規違反の請負契約の有効性について述べた最高裁判決はなく、本判決によって初めて最高裁判所の判断が示されたわけですから、今後はこの判決を参考にしていく必要があると考えられます。
 したがって、基本的には違法建物の建築を依頼された場合には、建築基準法に違反していることを説明して翻意を促し、どうしても注文者が翻意しない場合にはリスクをとって受注するか、それともリスクを重く見て受注を控えるかという判断をする必要があるでしょう。

 当事務所でも建築関係の紛争について取り扱っておりますので、このような事案でお困りの方がいらっしゃいましたら当事務所にお気軽にご相談ください。

以上

→コラム一覧に戻る